日本競馬会往年の騎手

~競馬予想をする上で大切な騎手情報~

日本競馬会往年の騎手〜増沢末夫〜

      2016/11/17

競馬騎手〜増沢末夫とは〜

増沢末夫は1992年まで競馬の騎手として活躍していた人物です。所属団体は日本中央競馬会で、1957年のデビューから1992年に引退するまでの間に2016勝をあげた名ジョッキーでした。

競馬騎手〜増沢末夫の生い立ち〜

出身地は北海道亀田郡大野村で、この場所は現在の北海道北斗市にあたります。生年月日は1937年10月20日です。彼の生い立ちとしては、北海道大野村に6人兄妹の末っ子として生まれました。幼ない頃は農耕、ばんえい競走用のペルシュロンの世話をして過ごしており、馬にはなじみがある生活をしていました。そして身長や体重も騎手になるには問題ない体型だったため、中学校卒業後に騎手を志すようになりました。そして同級生の兄で騎手の竹部鈴雄から調教師である鈴木勝太郎氏を紹介され、そのまま東京競馬場の鈴木厩舎に入門して騎手になりました。

競馬騎手〜増沢末夫の活躍〜

1957年のデビュー後、すぐには頭角を現しませんでしたが、1966年のダービーをアサデンコウで優勝し、一流ジョッキーの仲間入りをしました。増沢末夫騎手を有名にしたのが、1973年には大井競馬から中央へ移籍してきたハイセイコーの主戦騎手となったことです。ハイセイコーの出現により、第一次競馬ブームとなりました。アイドル的な人気となったこの馬の引退に際には、増沢末夫が歌った「さらばハイセイコー」というレコードが発売され、オリコンでも最高4位にランクインする大ヒットとなりました。また、増沢末夫騎手は晩年はローカル競馬で非常に強いことでもファンに知られていました。福島競馬場や新潟競馬場では馬券の予想では増沢は外せないというのがファンの定説にもなっていました。引退後は調教師として多くの名馬を管理してきました。

 - 騎手 , , , , , , , , , ,