日本競馬会往年の騎手

~競馬予想をする上で大切な騎手情報~

日本競馬会往年の騎手〜河内洋〜

      2016/11/15

競馬騎手〜河内洋とは〜

2000勝以上している名騎手であり、調教師に転身して確実に勝ち星を重ねている河内洋氏は、人格者として武豊騎手をはじめ多くの後輩から慕われている存在です。

競馬騎手〜河内洋の生い立ち〜

騎手として関西の至宝、牝馬の河内などと呼ばれ、その高い技術で一時代を築いた河内洋氏の生い立ちは、生年月日は昭和30年2月22日、出身地は大阪です。祖父は京都の調教師、父も地方競馬の騎手で後に調教師という競馬一家です。

そんな競馬中心の生活で中学生の頃に調教に跨っていたという逸話が残っています。中学卒業後、所属団体となるJRA栗東の武田作十郎厩舎に入門します。兄弟子にはターフの魔術師と言われた故武邦彦氏、後に弟弟子として武豊騎手が入門する名門厩舎です。

競馬騎手〜河内洋の活躍〜

そして1974年に身長156cm、体重50キロでデビューすると、関西新人賞を受賞するなど早くから頭角を現し、1980年には全国リーディングジョッキーとなり、名実ともに日本のトップ騎手の地位を確立します。その後もオグリキャップやサッカーボーイといった競馬ブームの火付け役となったスターホースに騎乗してはG1を勝つなど、その勝負強さで予想する競馬ファンからも高い支持を獲得します。

しかしながら河内洋氏といえば、ダイイチルビー、ニシノフラワー、アグネスレディなど牝馬で数々のG1での勝利と、アグネスの冠名で有名な渡辺孝男氏所有馬での活躍です。この渡辺孝男氏所有のアグネスフライトで念願のダービーを制したのも、そのレースで勝ち負けを争ったのが弟弟子である武豊騎手騎乗のエアシャカールというのは、競馬のドラマを感じさせます。

その後関西騎手で初となる2000勝を達成し、2005年に調教師に転身し着実に勝ち星を増やしています。08年に関屋記念でマルカシェンクが管理馬として初重賞制覇を成し遂げており、念願のG1制覇も今後期待されます。

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